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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)2259号 判決 1991年1月29日

原告

鏡原寅吉

右訴訟代理人弁護士

中垣一二三

右同

針間禎男

右同

藤本裕司

被告

永光商事株式会社

右代表者代表取締役

永井紀夫

右訴訟代理人弁護士

大野康平

右同

大野町子

右同

小田幸児

主文

一  被告は原告に対し、別紙物件目録記載一、二の各建物を明渡し、かつ、平成元年四月一日から右各建物明渡済みまで一か月金二〇万円の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は第一項のうち金員の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

主文第一項同旨。

第二事案の概要

一本件賃貸借契約の成立及び原告による解除権の行使等

1  原告は、被告に対し、その所有の別紙物件目録記載の各建物(以下「本件建物」という。)を、昭和六一年九月一〇日、次の約定にて賃貸した。

(一) 賃料 一か月二〇万円

(二) 保証金・敷金 なし

(三) 用途 営業用

(四) 原告の承諾を要する事項

占有の全部又は一部を他人に移転すること

(五) 無催告で解除できる事由

(1) 賃料の支払を三か月分以上怠ったとき

(2) 手形の不渡処分を受け、支払を停止したとき

(3) 他の債務のため差押等を受けたとき

(賃貸の時期及び約定(五)(2)につき、<書証番号略>及び原告本人。その余の事実は争いがない。)

2  被告は、平成元年三月一六日、手形不渡りを出し支払を停止した。

(<書証番号略>)

3  原告は、被告に対し同月一九日到達の書面により本件賃貸借契約を解除する旨意思表示した。

二争点

原告のなした本件賃貸借契約の解除の有効性が本件の主たる争点であり、原告の主張する解除事由及びこれに対する被告の主張は次のとおりである。

1  支払停止

原告は、被告が前項2のとおり手形の不渡りを出し支払を停止したことが、前項1(五)(2)の無催告解除事由に当たると主張する。

これに対し、被告は、抗弁事由として左記(一)、(二)のとおり主張する。

(一) 支払停止を無催告解除事由とする約定は、支払停止が生じた全ての場合に、一律全面的に無催告解除をなしうるという趣旨ではなく、支払停止の状況に至っても賃料の支払を継続することができ、現実にこれを実行しようとしているなど、当事者間の信頼関係が破壊されたとまではいえない場合には、無催告解除を認める趣旨ではないと解すべきであるところ、被告は現に賃料支払の意思を有し、現実にその提供をしているから、原告のなした無催告解除はその効力を有しない。

(二) 仮に、右(一)が認められないとしても、原告と被告との間には、以下のとおり特別の関係が存するので、被告に支払停止が生じたという一事をもって本件賃貸借契約を解除するのは権利の濫用である。

すなわち、被告は機械工具等の販売を目的とする株式会社として、昭和四〇年一二月に設立され、原告が代表取締役に就任し、本件建物を原告個人から賃借し事務所として使用して来た。

しかし、昭和六一年七月、被告が倒産に近い状態に陥ったため、原告が経営を放り出し、永井紀夫らが原告から経営を引き継ぐこととなった。当時、被告は銀行関係で約四六〇〇万円の負債があったが、永井紀夫らは、営々としてその返済に当たり、現在ではあと数一〇〇万円を残すだけとなっている。

しかるに、原告は経営悪化の最高責任者であるにもかかわらず、経営引き継ぎに当たり多額の退職金を要求したうえ、月々三五万円の給料の支払を求め、あるいは本件建物の一部にある原告住居の光熱費や駐車場代を被告に負担させるなどして、被告に不当の経済的負担を負わせ、また、本件建物の一階の一部に、被告と同業の東洋通産株式会社なる会社の事務所を設置し、営業活動を行うなどし、さらに、被告のメインバンクである三和銀行に対し、「自分は永光商事から手を引き無関係となった。」などという内容証明郵便を発し、そのため被告は同銀行から手形割引を全面的に停止されるという重大な処分を受けており、このような原告の妨害行為により、被告が倒産に至ったのである。

被告が手形不渡りを出した前後において、平成元年三月二日被告は原告に通常どおり同月分の賃料を支払ったし、同月末日にも同年四月分の賃料を支払おうとしたが、受領を拒否された。

また、被告は同年四月五日、債権者集会に参加した多数の債権者から、「六〇パーセントカット、四〇パーセントを据え置き、その後三年間で返済。」という再建案で了承を得ており、大多数の債権者の協力と援助のもとで再建を目指して努力しているところであり、順調に経営状態は回復している。

以上の事情において、ひとり原告のみが、支払停止という一事をもって本件賃貸借契約を解除し、本件建物の明渡しを求めるのは権利の濫用である。

2  差押

原告は、被告がその債権者伊藤壽郎から差押を受けたとし、それが本件賃貸借契約における無催告解除事由に該当すると主張する。

これに対し、被告は、形式的に解除事由に該当しても、当事者間の信頼関係が破壊されたといえない場合は、解除はできないと主張する。

3  占有の移転

原告は、被告が本件建物の占有の全部又は一部を、原告に無断で株式会社セイワに移転しており、これが解除事由に該当すると主張する。

これに対し、被告は、本件賃貸借契約において、占有の移転は無催告解除事由とされていないし、また、被告が本件建物の占有を株式会社セイワに移転したことはなく、単に住所を貸しているに過ぎないと主張する。

第三争点に対する判断

一支払停止を理由とする解除の有効性

1  被告が不渡手形を出して支払を停止したこと、及び本件賃貸借契約において支払停止が無催告解除事由になるとの特約があることは、前記認定のとおりである。

そこで、借家法六条との関係で右特約の効力につき判断すると、破産法一二六条二項によれば、債務者が支払を停止したときは支払不能であると推定され、債務者が支払不能でないことを疎明しない限り、破産宣告を受けることになるのである。

そして、民法六二一条は、賃借人が破産宣告を受けたときは、賃貸人または破産管財人は同法六一七条により解約申入れをなすことができると定めており、右規定の解釈について議論のあるところではあるが、借家契約に関しては、賃借人が破産宣告を受けた場合、右規定の適用があり、かつ借家法一条の二の適用はないと解される(最高裁判所昭和四五年五月一九日判決・裁判集九九号一六一頁、東京高等裁判所昭和六三年二月一〇日判決・判例時報一二七〇号八七頁各参照)。ちなみに、借地契約の場合には、賃借人が破産宣告を受けたときは民法六二一条の適用はあるが、右規定に基づき解約申入れをするためには、借地法四条一項但し書所定の正当事由が存在することを必要とすると解される(最高裁判所昭和四八年一〇月三〇日民集二七巻九号一二八九頁参照)。

従って、借家契約に関しては、賃借人に破産原因が存在し、現に破産宣告がなされた場合には、賃貸人は民法六二一条の適用により解約申入れをなし得るのであるが、このような解約権を認めた立法趣旨は、賃借人が破産状態に陥った場合には賃貸人の賃料請求権が危胎に瀕するおそれがあるから、賃貸借を早期に終了させる権利を賃貸人に与えたものと解される。

しかるところ、本件賃貸借契約において前記特約により、支払停止をもって無催告解除事由と定めたことと、法が破産宣告という解約事由を認めていることとを対比すると、支払停止は当然に支払不能とされ、破産申立があれば、反対の疎明がない限り破産宣告を受けるから、支払停止をもって解除できるものとする特約は、契約終了原因の定めとして、破産宣告という法定の解約事由と実質的にほとんど差異がないということができる。そして、実質的に破産原因が存する場合に、賃貸借終了のためことさら破産宣告を経なければならないとする理由もない。しかも、本件賃貸借契約において保証金・敷金の授受がなく、賃料請求権に担保が付与されていないから、賃料請求権が危胎に瀕した場合に、賃貸人の利益保護のため賃貸借を早期に終了させるべき必要性がより一層高く、右特約が合理性を欠くとはいい難い。

ただし、賃借人が一時的に支払停止に陥っても、支払不能の状態にまで至らず、賃料請求権に格別不安が生じていないような場合にまで、支払停止に陥ったという一事をもって当然に解除をなし得るとすれば賃借人に不利な特約であってその効力は制限されるべきである。すなわち、右特約は、賃借人が支払停止に陥った場合に、賃貸人の賃料請求権を危胎に瀕せしめるおそれがない特段の事情がない限り、解除を認めるという限度でその効力を有すると解するべきであり、従って、本件で、被告は右の特段の事情を主張立証して解除の効力を争い得るものと解するのが相当である。

以上のとおり、本件賃貸借契約における支払停止を無催告解除事由とする特約は、右の限定的な効力を認める限りでは、借家法六条にいう不利な特約に該当し無効であるとは解し難い。

2 そこで、前記第二の二1に記載の被告の抗弁(一)について判断する。

被告は、現に賃料支払の意思を有し、現実にその提供をしている旨主張するところ、<書証番号略>及び被告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告は本件建物の賃料を、支払停止に陥るまでは正常に支払、原告が本件賃貸借契約の解除をなして以後は、平成元年四月分を原告に提供したが受領を拒絶されたので供託し、その後は毎月分を順次供託していることが認められる。

しかし、右認定のとおり被告がこれまで賃料の供託を続けて来たとしても、それだけでは将来の賃料請求権につき不安を払拭することはできず、被告の経営状態等からして今後も賃料を継続して支払うことが可能であると認められることが必要と考えられ、被告の主張もこのことを含む趣旨であると解されるところ、被告代表者の供述によれば、被告は支払停止となった後も、債権者らの協力の下に再建を目指して営業活動を行っており、平成二年二月以降一か月当たり一二〇万円ないし一五〇万円の取引高があって、三〇万円ないし四〇万円の利益を上げており、供託中の賃料は右利益により賄っているなどというのであるが、<書証番号略>によれば、被告代表者は、別件訴訟(大阪地方裁判所平成元年(ワ)第九三九八号事件)における証人尋問に際し、被告の売上高は支払停止以後平成二年四月までで約四〇万円であると証言していることが認められ、右証言内容に照らし被告代表者の本訴における前記供述はたやすく信用できない。

却って、<書証番号略>及び原告本人尋問の結果によれば、被告は支払停止ののち事実上倒産状態となり、現在被告代表者が出社し、あるいは債権者野口らが出入りしている程度で、他に従業員もおらず、営業活動はほとんど行っていない状況にあることが認められる。

加えて、<書証番号略>並びに原告本人及び被告代表者の各尋問結果によれば、被告は支払停止時の債務につき、「七〇パーセントカット、三〇パーセント弁済」という債務整理案を承認した債権者に限り、債権額の三パーセント程度を弁済したのみであり、大阪府中小企業信用保証協会や株式会社山善(従前被告が機械工具等の商品を仕入れていた取引先)に対する多額の債務は、原告が保証人ないし担保提供者として代位弁済しており、被告自身による債務の返済が進捗していることは窺われないこと(被告代表者の供述によっても、被告はその倒産時に約一億円の負債があり、その負債額は現在も変わりがないとのことである。)、また債権者である伊藤壽郎が被告に債権差押を申立てたが、債権の一部を回収したに止まったこと、なお株式会社山善は被告に売渡した商品で被告の倒産時に残存していたものを引き上げたことなどの事実が認められ、これらの事実に照らしても、被告の再建が順調に進んでいるとは到底考え難い。

以上によれば、他に特段の立証のない本件では、被告の経営状態が順調に回復しているとは思われず、また今後回復の見込があることも認められないところ、被告がこれまでどのようにして賃料の支払資金を調達してきたかは本件証拠上明らかではないが、もし今後とも倒産状態のまま推移すれば、どこまで賃料の支払を継続することが可能であるか不安を払拭できない。いずれにしても、今後原告の賃料請求権が危胎に瀕するおそれがないとの特段の事情が存することは、到底認め難い。

よって、被告の右抗弁は採用できない。

3 次に、前記第二の二1に記載の被告の抗弁(二)について判断すると、被告は、原告の解除権の行使が権利の濫用に当たるとして、縷々主張している。

まず、原告と被告との関係について、証人藤井章彦、同鏡原山崧利の各証言並びに原告本人及び被告代表者の各尋問結果によれば、被告は機械工具等の販売を目的とする株式会社として、昭和四〇年一二月に設立され、原告が代表取締役に就任し、本件建物を原告個人から賃借し事務所として使用して来たこと、昭和六一年七月になり、原告は自己の健康問題と経営の悪化を理由に被告の事業を廃止することを決意したが、永井紀夫らが事業の継続を希望し、結局、被告の経営を原告から永井紀夫らが引き継ぐこととし、原告が被告の代表取締役を辞任し、永井紀夫が代表取締役に就任し、以後同人らが中心となって被告を経営して来たこと、しかし、平成元年三月ころ被告の資金繰りが悪化し、同月一六日不渡手形を出して支払停止となり、事実上倒産したことが認められる。

しかるところ、被告は、右倒産につき原告に責任があるとし、まず、被告の経営引き継ぎに当たり、経営悪化の最高責任者であるのに被告に退職金の支払を求めたり、給料の支払を求め、あるいは本件建物の一部にある原告住居の光熱費や駐車場代を被告に負担させるなどして、被告に不当な経済的負担を負わせたなどと主張している。しかし、<書証番号略>及び原告本人尋問の結果によれば、被告の経営引き継ぎに当たって、被告代表者らは原告に対し、退職金や給料の支払あるいは原告住居の光熱費や駐車場代の負担を任意に約束し、かつその履行をなして来たものであることが認められるし、また被告が右の経済的負担を負ったことがその倒産の原因となったことを認めるに足る証拠もないから、いずれにしても、この点で原告が被告の倒産につき、責任を負うべきことを肯認できない。

次に、被告が主張するように、原告が本件建物の一階の一部に、被告と同業の東洋通産株式会社なる会社の事務所を設置し、営業活動を行っているとの点も、原告本人及び被告代表者の各尋問結果によれば、原告が本件建物の一部に事務所を設置することは、被告の任意の了承の下になされたことが認められる。また、原告が右会社の運営により営業活動を行ったのが、被告の顧客を横取りしようといった被告に対する害意に基づきなされたとは本件証拠上認められないし、原告の営業活動が被告の経営にどの程度影響したかも明らかでなく、少なくとも倒産の原因であることまでを認めるに足る証拠はない。

さらに、被告が主張するように、原告が被告のメインバンクである三和銀行に自己が被告から手を引き無関係となった旨通知したとの点も、右通知内容が必ずしも真実に反するとは認められないし、また、<書証番号略>によれば、当時原告としてはその立場の変化を関係者に明らかにする必要があったことが認められ、少なくとも右通知が被告に対する害意に基づくとは認め難い。従って、右通知により経営者の交替を同銀行が知った結果、被告が銀行取引上不利益を被ったとしても、原告を非難することはできない。

以上のとおり、被告の倒産の原因が、その営業内容や経営方法等の内部的な要因ではなく、原告の違法不当な行為に起因することは、本件証拠上肯認し難い。

他方、被告は、その支払停止後も、原告に対し賃料を提供したと主張し、被告が賃料の供託を続けていることは前記のとおりであるが、将来の賃料請求権の確保について不安を払拭できないことは前記認定説示のとおりであるから、原告が解除権の行使を抑止すべき理由にはならない。

なおまた、被告は、他の大多数の債権者が被告の再建に協力し、被告の経営状態が順調に回復しているのに、原告のみが支払停止という一事をもって本件賃貸借契約を解除し、本件建物の明渡しを求めるのは権利の濫用であるなどと主張するが、被告は現在ほとんど営業活動を行っておらず、債権者の協力の下に経営状態が回復しているとは本件証拠上認め難いことは、前記認定説示のとおりである。

そして、他にも、原告が本件賃貸借契約につき、解除権を行使することが権利の濫用に当たると認めるべき根拠は認められないから、被告の右抗弁も採用できない。

二結論

よっと、原告の本訴請求は理由がある。

(裁判官田中澄夫)

別紙物件目録

一、所在 大阪市西成区千本南弐丁目五壱番地の壱、五壱番地の弐

家屋番号 五壱番壱

種類 店舗兼事務所兼居宅

構造 軽量鉄骨造壱部ブロック及木造陸屋根壱部スレート葺弐階建

床面積 壱階 132.96平方メートル

弐階 126.69平方メートル

右建物のうち壱階部分のうち別紙建物平面図(一)斜線部分約52.72平方メートルを除く壱階全部

(附属建物の表示)

符号 1

種類 倉庫

構造 ブロック造スレート葺平家建

床面積 2.35平方メートル

符号 2

種類 倉庫

構造 ブロック造スレート葺平家建

床面積 9.52平方メートル

但し、別紙建物平面図(二)斜線部分約4.77平方メートルを除く

二、右同所(未登記建物)

種類 倉庫

構造 軽量鉄骨造スレート葺参階建

床面積 壱階 約弐四平方メートル

弐階 約弐四平方メートル

参階 約弐四平方メートル

別紙建物平面図(一)(二)<省略>

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